【朝熊ケ岳(岳道)の歴史】
 ●江戸時代。
 関所を通過する際、お伊勢参りに行くと言えば、悪人でもなんのお咎めもなしに許可されたので、お陰参りとか抜け参りとか言わ;ていた。
 当時は、誰もが旅にでることは難しく、せめて一生に一度はお伊勢さんへ参りたいとのことで、伊勢講たる資金(多くの人から集めたお金)を編み出し、村の代表者が地元の声援に送られお伊勢参りに旅立った。

 このような伊勢講方式で、全国から「ええじやないかええじゃないか」と言って爆発的な人が伊勢の地を訪れたので、日本三大遊郭古市等は連日の大賑わいで繁盛した。
 内宮を参拝した後は、朝熊山にある金剛証寺を参って二見ケ浦の夫婦岩を巡回して帰るのが一般的な行程であった。
 従って「お伊勢参れば朝熊をかけよ朝熊かけねば片参り」と言われ金剛証寺へ蟻のような行列で朝熊山を登ったと記されています。
 朝熊山へ登る道は、岳道コースと呼ばれ、10箇所もありました。

 ●平成時代、
 2009年は、今までの記録を大幅に更新し900万人もの人がお伊勢参りに来た。
 今年は、東北大震災や不景気からの立ち直りを願ってお伊勢参りと金剛証寺へのお参りも兼ね朝熊ケ岳へ登るも人も増えています。
 2011年9月号「山渓」本に隠れた名山として「朝熊ケ岳」が登場しました。
 休日は、朝熊岳道22町の駐車場は超満員です。県外ナンバーも多く見られます
 今、パワースポットの山として注目されているのではないかと思います。
 朝熊岳へ登る道は、岳道と呼ばれ昔は10箇所もありました。登山道のある5ルートを掲載します。

【朝熊地蔵堂と小堂】
左、
朝熊集落の街中に道標が立っている。
西面に「右あさまたけ・左志州鳥羽」北面に「安永八年二月(1779)と刻まれている。傍らに地蔵堂(左)が立っている。

下、
100メートル先に小堂がある。

 

小堂の正前に「朝熊第一之拝所」金網が張られた内部に小さい千体仏が祀られる。

【町(丁)石と地蔵】
 朝熊岳道には、江戸時代の町(丁)石が残っています。(以降町と書く)
 1町(109m)毎に町石と地蔵さんが、朝熊峠まで(22町石)建てられています。
 これを目標に歩くのも楽しみの一つです

【朝熊ケ岳が隠れ名山として山渓2011年9月号に紹介された】

【登山口(出会いの広場)までの道路図】

【国土地理院25000軌跡図】

【朝熊峠近くに建つ案内板】

【登山ガイド】
交通
 近鉄で来られる方は、朝熊駅下車。出会いの広場(登山口)まで800m徒歩7分。
 車で来られる方は、伊勢高速伊勢ICゲートを通過し二見鳥羽ライン(準高速)に乗る。
 楠部ICで降り県道を走る。楠部ICから5分ほどで出会いの広場に着く。
 国道23号線で来られる方は、ジヤスコ伊勢店手前で二見鳥羽ライン(準高速・無料)に乗り楠部ICで降りて県道を走る。

登山口
 登山口には、「22町石」と「地蔵菩薩」と「六字名号碑」が並んで建っている。
 22町石は、頂上までの行程の指標で角柱型町石の頭には「タラーク」の種子をきざんで、虚空像菩薩を主尊とする朝熊岳への道にふさわしい。
 「地蔵菩薩」と「六字名号碑」には、「三界万霊」「二十二町」「是より阿さまだけまて・安永八年巳亥(1779)二月建」刻まれている。
 案内板の左を登って行きます。右は、堰提へ行く道(西コース)。
 この名札が建っている場所の標高は20m程度。山頂(八大竜王)までの標高差は、530m位。
 朝熊峠までは2.4キロ。適当に休憩場もあり、道幅も広くハイキング気分で歩ける。

金剛証寺への道
 登山口から朝熊峠まで70分程度。朝熊峠から金剛証寺までは20分程度。
 金剛証寺へは,経塚道と金剛証寺本道とあります。(軌跡図参照)
 復路、
 朝熊峠から出会いの広場まで50分程度。朝熊峠から宇治岳道経由内宮・おはらい町まで100分程度。

朝熊ケ岳
 朝熊峠から山頂までは、15分程度。
 標高555mの場所は、テレビ塔の建っている八大竜王です。
 これに対して三角点のある場所(朝熊峠の西)は標高は478mとやや低いところにあります。
 (三角点は全部で三つあります。場所は、宇治岳道を参照)
 山頂からの展望は、
 伊勢湾口の真ん中にある神島、対岸の愛知県伊良湖岬、渥美半島、中部空港等が見えます。
 空が澄んだ日は富士山も期待できます。

【出会いの広場】
上、
であい広場。
東屋。右、トイレ駐車場。。

左、
水洗トイレ(障害者用も併設)と東屋。

 東屋のひさしに22町の風景絵が展示してありましたが今はありません。

【登山口】
上、
登山口。

左、
登山口にある案内板。
「朝熊山に住む動物と植物と昆虫」などの説明板が建つ。
 
 登山口にある標石は、何故か22町とある。


3町石と5町石】
左、
三町石。
岳道らしい雰囲気あり

下、
五町石。
五町石から少し先にショートカット道があります。9町石手前で合流します。岳道は、直進してください。

7町石と8町石】
上左、
七町石。

上右、
八町石。

左、
ミニ滝。
 八町石から少し行ったカーブ(トラロープあり)のところから、谷へ100mほど降りていくとミニ滝あり。 
 ここへ来るまでにショートカット道が2つあり。そちらの方へ行くと来られません。

10町石と十町橋】
 「十町橋」の上(ヤブ)に十町石あり。
 橋の下には当時東洋一を誇るケープルカーがあったが、昭和19年廃止。線路は鉄砲の弾になってしまった。右上の写真は、ケープルカーの線路跡。
 橋から下を見ると民家が見えるところが昔の朝熊駅です。当時、今のJR伊勢市駅〜外宮〜内宮間にチンチン電車が走っており、途中に四郷駅(現在の御幸道路にある山崎病院辺り)があり。この四郷駅から分かれて、この下の朝熊駅まで線路が延びていた。ここから更にケープルカーに乗り換え山上駅で下車し、歩いて金剛証寺へ行くのが定番ルート。
 十町橋からトンネルを二つくぐると山上駅がある。
 今も、テラスや駅舎も残っている。ここからとても眺めも良いところです。平成7年位までは、十町橋から線路伝いにトンネルを抜け山上駅まで行けたが、今は危険防止のため立ち入り禁止で柵があり中に入れません。
下、十町橋からの景観。

13町石】

14町石付近】
14町石を過ぎると、幹の部分2.8m程の桜の古木が道の中央に座ってます。上部は腐ってありませんが小枝が何本も出て青々と茂っています。
 右,、桜の木の根元です。ポッカリと穴が空いていて向こう側が見えます。内側はぼろぼろですが植物(生物)は強いですね。春には美しい花を咲かせます。

16町石付近】
今は、樹木が大きく育ち下の景観は見えません。
 16町石手前に「美し国伊勢を望む」の案内板があります。
 美し国とは、倭姫が、諸国を巡り天照大神の鎮座する場所をさがしていたが、いせの国は、気候温暖で眺めも良く、穀物も豊かで海の幸も豊富なことから、豊饒の地美味し国と言われた。
 三重県は、この美味し国という言葉を使っで現在活性化に取り組んでいます。
 下の看板は、平成6年に建てられたもの。右の写真は、平成10年頃です

17町石】
 17町石付近の登山路です。町石と地蔵が少し離れています。
 登山路は、環境庁の補助で平成6年開催された「まつり博」が行われた時に、整備されたものです。道端の花や木に名札がつけられています。あれから17年も経過したので名札は消えつつあります。

【18町石と首なし地蔵】
18町石を少し行くと、首なし地蔵が建っています。顔の形をした石が乗せられていますので、一見首ありに見えますが、実際には首はありません。横の看板の説明書きには、この地蔵さんはある匿意の寄進により、設置されたとあり。

【19町石】
19町手前、首無し地蔵から少し行くと右へ曲がるところに木のベンチあり。上を見ると洞窟のような岩が見える。入口と岩の中に、可愛い地蔵さんが3体安置されている
 この隠れ地蔵とても可愛いのでお気に入りです。
 「首無し地蔵と木のベンチ」を目印にすれば直ぐ分かるので一度お参りください。

【22町石】
 22町石は、不明。
 現在建っている22町石碑は、地元のテクロウ会が寄贈したもの。
22町石のある地点は、朝熊峠で分岐となっている。

左、朝熊ケ岳(八大竜王社)と金剛証寺へ行く道。 右、宇治岳道

 

【朝熊峠には、東風屋とう老舗の旅館があった】
左、
昭和30年代火事で焼失した東風屋(とうふや)という名の老舗旅館。
朝熊峠にある説明板から複写。

下、昭和初期の朝熊峠。
伊勢の自然と風物。

【平成の今日、朝熊峠からの展望】

【朝熊峠から見た伊勢市街の夜景】

【朝熊ケ岳】
 八大竜王社
前は、寺。後ろは、神社です。
 海上安全,大漁祈願にご利益あり。志摩方面からの参詣者多し。
 西側は、テレビアンテナ塔が建つ。

下、 
 手前から小浜、イルカ島、答志島と並んでいます。左に神島。伊良湖岬は霞んでいる。
 

【平成13年頃、出会い広場に飾られていた22町石絵図と現地写真】

【1町石】

【9町石】

【10町石】
 左の絵の背景にある朝熊山ですが、ケヤ木の右に山が見えてます。実際は、ケヤ木よりやや左の位置にあります。この絵は現地を見て書いたのでしょうか。疑いを持ってしまいました。 

【11町石】

【13町石】

【18町石】

 【22町石】

金剛証寺と奥の院